骨を拾うということ

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先日、祖母が亡くなった。

同居していたわけではないので、たまーにしか顔を出せていなかった。去年の夏頃に会ったのが最後かな。その時には画質の悪いスマホのインカメラでなんとかみんなで写真を撮ったような記憶がある。会いたい人には会えるうちに、という言葉が身に染みる。

スマホもやっぱりきれいに撮れるカメラがついてるものがいいなぁ...いつどこで絶対残したい気持ちになるかわからないや。


祖母は会う度に私のことを私の母の名前で呼ぶようになっていたけれど、祖母に実の娘だと勘違いされるのは不思議と嫌じゃなかった。共通点があるんだなぁと実感して少し嬉しかったのかもしれない。やっぱり孫っていうことも忘れてしまうんだなぁ毎日会っているわけじゃないからそれもそうか。周りに「孫の〜だよ」と言われると祖母は「そうかぁー!」とにこにこ笑っていた。私の中での祖母の印象は良く食べ、良く笑っている人だった。


法事みたいな親戚が集まる場には小さい頃に一度行った記憶しかなく物心ついてから親戚がたくさん集まるのは初めてでそわそわしてしまう。緊張したけれど、祖母の前でいろんな話を聞けて嬉しかった。

祖母と昔同居していた従兄弟たちの話で、祖母は真夜中にやっていたアメリカのプロレスが好きだったり、洋画を観るのが好きだったということを知った。意外な一面すぎてびっくりした。休日はテレビで新喜劇を見て日本のプロレスを見て、夜中にはアメリカのプロレスを見るのが日常。悪役の方はあんまり好きじゃないらしい。


あと最近になってから知ったのは、祖母が30年前癌になっていたけれど完治してそれから2020年の今まで生きたのだということ。

私が生まれる前にそんなことになっていたなんて全く知らなかったしそれを感じさせない明るいおばあちゃんだった。ポジティブ思考は母譲りかと思っていたけど、大元は祖母譲りのような気もする。


もちろん私の中にはポジティブだけじゃなくて、母は自分のお父さんとお母さんとはもうこの世では会えないのか。父は病気になったがために、義理の母のお葬式にも出れないのか。

「一番横にいて欲しい人が来れないのはやっぱり切ないね」という母の横顔が切なくて悲しいこともいろいろ考えてしまうけれど、なるようにしかならないし 起こったことは変えようがないので私は今出来ることをやっていくしかない。

自分の両親に会えなくなるのはいつか必ず訪れることだから、私はそれを忘れずに大事に生きるし父の分まで祖母にきちんと挨拶をしよう。

忘れることができるのと、覚えていることができるのは、どちらも人間の悪いところであり良いところでもあると思う。


綺麗に眠る祖母のそばで、母と私と従兄弟の3人布団を敷いて眠った。その日はみんなであさげを食べる夢を見た。みんな笑っててあったかくて美味しかったな。

会場は新しめの場所だったので、なんだか旅館に来たみたいだった。母が最後にみんなで一緒に旅行に行けたみたいで嬉しかったなぁと言っていて、そうだねぇと話をした。


次の日、はじめて人の骨を拾った。

お通夜とかは何度も行ったことがあるけれど、火葬場までは行ったことがなかったから。

祖母の顔が埋もれてしまうぐらいお花でいっぱいだった棺が、骨と灰だけになっていてああもう会えないのかと頭で理解する。けれど実感が湧かなかった。

喪服を着るのも未だに慣れないけれど、慣れないことをすると印象に残ったりするのでこういうしきたりは故人のことや生きること死ぬことを忘れないための儀式みたいだ。

その人の顔や声、骨の形や、硬さ、匂いを忘れてしまっても、この慣れなさはいつまでも残るような気がする。そしてゆっくりその違和感みたいなものが生活に馴染んでいくのかな。


否定をせず、ゆっくりそうだなぁと受け入れていく。気張らずに生きよう。と祖母のきれいな顔を見て思った。おだやかでいる。